赤ちゃんの育児に中学受験から高校受験、、、東京に住むとある母と娘の奮闘記
我慢しない 人生

我慢しない生き方を親として考える。 Twitterと副業の世界をみて。

我慢しない 人生 

人生ラクをして生きていきたい。

 

願わくば簡単にたくさん稼いで、好きなことをして、好きな人たちだけとのんびり暮らしていけたらどんなに素晴らしい人生になるか

 

こんな幻想は誰もが思い描く素晴らしい人生の一つではないでしょうか?

 

今回この記事を書いてみようと思ったきっかけは、Twitterでした。

 

会社辞めたいな、部活やめたいな、いつもなんだか長続きしないなという人に読んでほしい記事です。

 Twitterに映る日本の社会

このブログを始めて少しでもブログの宣伝になればと始めた Twitterですが、Twitterは一言で言えば異世界です。

様々な情報がスピード感を伴いながら錯綜していて、まるで新大陸発見!というような気持ちに日々させてくれる不思議な場所です。

初めの1ヶ月は毎日送られてくる不労所得のDMに戸惑う毎日。「闇社会」この言葉が頭の中にポツンと浮かんできました。

そこでツイートされている言葉の多くは一見すると意識の高い発言の裏に、詐欺まがいの勧誘が多く見られるように感じました。

 

Twitterは詐欺が多いか?

Twitteがそういう場所かといえば現実社会よりは多いとは思います。

ただ、その手のツイートが多く目についたのは私の肩書きが「ブロガー」であったからだと思います。

ブロガーの多くはアフィリエイターと呼ばれる副業を兼ねている人々が一般的です。 Twitterにもカテゴリ的なものが存在して紐づけられていくようです。

副業解禁はサラリーマンの救済措置となるか

2018年の日本では、大手企業が次々に副業の解禁を発表しました。

まだまだ、一部の企業という印象ではありますが日本の労働のあり方も過渡期を迎えているのかもしれません。

一昔前までは大手企業に入社すれば一生安泰という確定的未来が日本人には約束されていて、まさしく黄金時代と呼べる平和な時間がありました。

その日本経済も徐々に陰りを見せはじめ、表向きは優秀な人材の確保や転職などで時間をかけて育成した人材の流出を防ぐことや、社外で新たな知識や技術、人脈を獲得するメリットをうたっていますが、私にはリストラや倒産という万が一の不確定未来に備えた自己責任という言葉が見え隠れしているようにも見えます。

プレゼント

私自身このブログを副業も兼ねて続けているわけですが、本格的な収益化のためにというよりは社会貢献を兼ねてとの気持ちが前から強くありました。子供に繋がるような記事を書き続け評価を得る事が最大の目的です。(本業にできたらそれに越したことはないですが、、)

副業を本業にすることはリスクか

Twitter社会では副業を持たないことはリスクであるという考えから、副業を本業にしようというマインドが飛び交っていて、スマホやパソコン一つで在庫を抱えず簡単に、と目から鱗のような働き方が一般的になっていることに驚きしかありませんでした。

サラリーマン

そんな、夢現のような世界に生きる人々も実際存在するのですね。

日々、朝起きて、電車通勤が日課だった私にはそんな生き方があるなんて考えもしなかったことですし、家族を守る親として社会保障の薄い個人としての生き方を選ぶことはリスクを伴う事だと感じ避けてきた道でもありました。

家族から学ぶこと

人生

中学受験がつい先日のことのようだった長女も、まもなく高校受験に突入します。時間というものは本当に早いもので子供と過ごしていると自分の老いを切実に感じさせられます。

現在毎日の会社勤めから解放され、育児休暇をとっている私は人とのコミュニケーションは家族と一定の友人に Twitterしかないわけですが、こんな狭い世界からも学び得るものがあったりします。

長女や主人を毎朝見送りその背中を脳裏に焼き付けて帰りを待つ間、自分はまるで怠惰ではないかと焦燥に苛まれることがあります。

日中は次女と過ごし、家族を待つ。

もちろんやることは山積みで意外にも忙しいのですが、どうにもずっと働きに出ていた身としてはこういう自由な時間に罪悪感を覚えてしまうのが勤め人の悲しい性分です。

憧れの桃源郷は何処に

長女と主人は私よりはるかに勤勉で、一つ屋根の下暮らしているとドキリとさせられるまることが度々あり二人の会話を聞いていると、その都度襟を正さなければとよく感じさせられます。

何か二人と足並みを揃えたいと思い始めたブログでもあるのですが、 Twitterを始めて毎日甘い誘惑のツイートを目にしていると、まるでいとも簡単に稼いでのんびり暮らすという生き方がこの世の中には存在するのではないか、所謂ノマド生活というものが自分の手にも届くところにあって、そんなゆるい世界がすぐ隣に転がっているのではないかと感じてしまうのです。

 我慢と努力は似ているようで異なるもの

職場では何人もの新人が「やりたくない仕事を無理に続けることはできない。」と会社を後にする姿を見送ってきました。

私はこの当たり前のように我慢をしないことをスマートと捉える若者の考えを肯定すべきかそうでないか、時代の流れを理解できない口うるさい中堅上司と思われたくない複雑な想いに悩んできました。

多くの場合「精一杯努力してみたけどダメでした。」新人たちから口々にこんな言葉が出てくるのです。この言葉は大いに違和感を覚えます。

私の仕事は営業で一般的に過酷と言われる類のものではありますが、その分稼ぎは良いのです。

賃金は相応の対価でもありますから、本来は元の賃金がある程度高い以上、見合った労働を覚悟して挑むべきかと思います。

 

最初の2年間はつきっきりで仕事を行い、足りないところは上司や会社が補うのでそもそも本人が頑張るというよりは学生が学校に通い授業を受けるような感覚に近いかと思います。

そこではたくさんのフォローがありますから、一人前の社会人になる前の下準備という期間とも言えます。

私もその間は定時で帰る部下を見送り残業を行います。

 

ですので、

 

「精一杯努力してみた。」

 

という言葉が出てくるのことに非常に違和感を覚えるのです。

 

努力というものはある程度の主体性が重要だと思うので、その場に留まり我慢し続けることが努力とは少し違う気がします。

 

しかし、一方で今は「我慢しない生き方は圧倒的に正しい」というような意見もありますから何が正しいとは言えないのですが、我慢しない新しい若者のスタイルは日本の世の中をどう変えて行くのでしょう。

日本を背負う若者のニュースタイル

若者

とはいえ、我慢しない生き方は生易しいものではないはずです。

周りからの評価や社会からの信用も受けづらくローンも組めないなど、簡単なようで孤立しかねない危うい生き方であると思います。

それでも尚貫く若者たちのスタイルが今後の日本社会を支えることになると思われるので応援したいという思いもあります。

誰も我慢することなく優雅に生きて行くことは夢のような生き方でもありますから、もしそれが叶うならば素晴らしい時間を得ることになります。

ただ子供にその生き方を応援できるかと問われれば、すぐに頷けない複雑な親心があります。我慢しない生き方と日本人の自己肯定感の低さは何がどこととは言えませんが繋がりがあるように感じるからです。

人は幼い頃から「小さな出来た」の積み重ねで達成感を味わい、少しずつ難易度の高いステップを超え、自信をつけて成長していくのだと子育てをして常々思うのです。

苦労し初めての喜びを感じる時は、幾つになっても心震える感動があるものです。

初めて長女が自転車に乗れた時、鉄棒の逆上がりができた時、ある一定のラインで見えない壁を超えた時、努力の先に見える世界が少し変わるあの不思議な感覚は、日本文化の精密で精巧な技術を支えてきた精神の柱ではないかとも思います。

その達成感や感動を味わずして何かをすぐにやめてしまうことは折角の伸び代のチャンスを失ってしまうようでなんだか惜しいものです。

ノーベル経済学者「我慢強い子は高学歴」

学力

 

目には見えない忍耐力を非認知スキルと呼ぶらしく、近年ではノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・J・ヘックマン教授が「我慢強い子は高学歴、高所得者になりやすい」とも研究で明らかにしています。

 

「重要なことは、自制心や社会性が伸びると学力は伸びるけど、その逆はないということです。学力が伸びたからといって、必ずしも自制心や社会性などの非認知スキルが高くなるわけではありません。子育ての順番としては、非認知力を鍛えるほうが先なのです」(中室准教授)

参照元:プレジデント オンライン

 

改めて Twitterの話に戻りますが私はTwitterを始めた当初、ノマド的暮らしを得る手段には、もしかすると裏技的なものが存在するかのような錯覚を見ることもありました。

 

様々な言葉の誘惑が飛び交っている世界なわけですが、改めて実感することは甘い蜜を吸いたければ一定の努力と忍耐が不可欠であるということです。

 

うまい話は全て詐欺まがいの勧誘でしたから。

 

どの世界でも成功者は人の数倍努力をしていると改めて得た確信です。

個人の価値観と強さを持って。

人生

私が今回若い世代の子供達へ伝えたかったことは、決して夢物語を見るな。などという説教臭いことが言いたくてこの記事を書いたわけではありません。

 

社会的評価や価値観が今いる世界の常識とは異なったとしても、それでも信じて決意した選んだ道なら、それはまさしく新しい生き方です。

 

ただ、私たち日本人に与えられた時間は50年前の平均寿命から約2倍に増えました。

 

長く短い私たちに与えられた限りある時間を有意義に過ごすにはクリアできることは一つでも多い方が良いに越したことはありません。

 

何事も新しいことを始めるにはパワーと根気が必要です。

 

もし、我慢しない生き方を選ぶのであればそれ相応の覚悟をして挑まねばなりません。

 

私は二人の娘が自分がこの世界を旅立った後も、豊かに強く幸せであってほしい、大切な誰かを守れるような人間であってほしいと心から願います。

 

今回、このようなとりとめもない記事を書きたくなったのはインターネットという非現実社会で甘い果実を餌に悲しい思いをする人々へ僅かでも励ましになればと思ったからです。

 

人生には岐路がいくつもあり、葛藤の連続であると思いますがまずは一つ目の前の壁を超えてみてはいかがでしょうか。

 

未来ある若者が巡り巡って生きやすい人生を歩めますように。

 

今回はこの辺で。

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