赤ちゃんの育児に中学受験から高校受験、、、東京に住むとある母と娘の奮闘記

春から学校という場に子供を見送る保護者たちに。

  • 2020年2月13日
  • 2020年2月18日
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ふと気付けばあっという間に高校受験、我が家は今年受験生へと突入します。

保育園の卒園式や小学校の入学式、卒業式、中学校の入学式。

人生というものはなんとあっという間なものなのでしょう。

子供のいなかった時代、私は生きていたのだろうか?と感じるほど子供が生まれてからの人生は変わりました。

思春期から始まった暗く長い母親への反抗も相まって、あまり良い思い出のなかった灰色のキャンパスに、見事鮮やかな色彩で塗り替えてくれたのが長女との巡り合いです。

弟たちが輝かしい青春時代を送る中、女として生まれてきたばかりに将来の可能性を「結婚」という形にしか絞らせてもらえなかった事への恨みか、、または自分自身の人生が最も輝かしくあるべき時代に、様々な可能性が断たれてしまったからでしょうか。

私は娘の親として生きるべく生まれてきたとのだとよく思うことがあります。

他の誰にも任せることのできない、唯一無二の私にしかできないことが娘の母であることで、母としての人生を歩み始めるようになり、私の人生には価値というものが初めて生まれました。

教育、それは大人が子供へ学びを一方的に教えるもののように捉える人も多いかもしれませんが、私は娘からあまりにも多くの教育を受けてきました。

価値観は常に変わっていきます。

未熟な大人の子供がたくさんいたって不思議ではありません。

長女は本来優等生タイプではありませんが、優等生に見立てる事でずいぶんと学校という子供の絶対的社会から守られて育ってきました。

厳しすぎる母親に育てられた私だから気づく事が出来たほんの少しの気遣いを今回は書き進めていこうと思います。

お母さん、ありがとう。

長女、優等生作戦!

長女が小学校へ上がり1年生を迎えたその年、私は仕事をフルタイムでしており、放課後は学童クラブへ通わせていました。

まだランドセルを背負っているのか背負われているのか、見送るこちらは姿が見えなくなるまで気が気でない毎日が続いた入学間もない5月中旬、ある事件が起こりました。

一緒に学童クラブへ向かうメンバーは上級生含め3人。いつものように学童へ向かう道中、3人の中のだれかが駐車場に停めてあったフォルクスワーゲンに石を投げてガラスを割ってしまったというのです。私はその日残業予定があり、早く帰る事が出来なかったため父にお迎えを頼んでいる日でした。「今から帰る。」と連絡を入れると父は今、警察だというのです。

既に19時を回ろうという時間。

3人の子供たちは小学校に連れられて、副校長、担任、副担と3人の大人の前に座らされ攻め立てられる姿を見ていられなかった父が仲裁に入ったというのです。

担任は女性で当時同い年くらいだったと思います。

娘は小さな頃から聞き分けが良く、素直なところが取り柄の子供でした。子供でありながら余計なことを言わないところも美徳です。

どうしてそんな娘を少人数が売りの小学校で毎日見ていて担任は分からないのでしょう。

どう考えても、そういう行いをするように見えない子供を前に「この子たちは悪くない、とりあえず今日は家で休ませて後日話しを聞きましょう。」といえなかったのでしょう。

号泣する子供たちはその晩食事も食べる間もなく、地域の警察署へ移送され22時頃帰宅。

私の人生で怒りという感情ががふりきってしまった事は後にも先にもその一度きりです。怒るのは苦手です。とてもパワーのいることですから。

そして、この時から子供のためならいかなる時も絶対的守護者であろうと胸に誓いました。

もちろん娘も同級生の男の子も無関係。上級生の子が一人で行ったことで、全く知らない出来事でした。

後日、先生には「何のための担任なのか、ああいう場でこそ普段の生活から子供たちを守ってほしい、非常に残念だ。」と伝えましたがその謝罪は響くものではなく億劫そうにさえ感じられました。

舐められている。

この言葉が浮かんできました。

思えばこの時から私の周到な長女優等生作戦が始まったのかもしれません。

子供の社会のために悪者になる。

kokoro

学校、それは子供にとって生きる社会の全てです。

毎日の生活を家庭と学校の往復で終えるのですから、子供の体裁は全て学校にあると言っても大袈裟ではありません。

私は、娘が忘れ物をした時、ミスを犯した時、寝坊してしまって遅刻をさせてしまった時、絶対的にフォローを入れるようにしています。

保護者会や個人面談、母親達との会話の中でも本人のマイナスになることは絶対に言わないようにしています。

  • 子供の面子を守ることに徹する。
  • 子供がミスをした時は認識が広がる前に素早くカバーする。

最近の子供ならではなのか、うちの娘がだらしないだけのかは分かりませんが用意すべきものが、その日か遅くとも翌日には宅配で自宅に届くと思っている節があり、大事なものの用意を直前まで伝え忘れるということが小学校時代はよくありました。

恐る子ども
長女
アマゾン間に合わないの?
ふーなみ
ふーなみ
アマゾンさんもすぐには運んできてくれないよ。

まだ小学生のうちは親がそれなりにプリントの把握をするべきなのは分かっているのですが、残業を終えて帰宅し、家族の夕食とお風呂の準備を終えれば座る間も無く24時という毎日を過ごしていたため私もよくうっかりをしてしまっていました。

そんな時は、1、2年生の頃は毎回のように連絡帳に

本人は何度も伝えてくれていたのですが、私が至らないばかりに。

無理やりですが、このような具合で本人のメンツを守ってきたつもりです。

ふーなみ
ふーなみ
ままがちゃんとプリント管理してなかったから仕方ないね、ごめんね。
悲しむ 子供
長女
遅くなっちゃってごめんね。

噂をすれば影がさす。

子供の偏差値

子供の相談は何か大きな事情がない限り、先生や学校の保護者にはあまりしないほうが良いように高学年になるにつれて強く感じるようになってきました。
私は年代も離れている事もあり、話せる保護者の方も少なかったのですが
巡り巡って本人の評価を下げることになりますし、親の意見は本人に伝わることが多いです。

担任の先生に相談すれば解決する問題は案外少ない

よく連絡帳に子供の日常を報告したり、子供の私生活の相談などを密にしている親御さんを何人か見てきましたがこれはマイナスの感情で書いていたりする事も多く、お子さんの先生からの評価も潜在的に下がっているように感じました。(6年間ひとクラスだったためよく見ていたつもりです。)
そして、その評価は周りの親御さんに伝わり子供達へ伝染していくようにも見えましたし、1番気がかりだったことは成長とともに子供の顔に影が刺してくる事でした。
その子の自己肯定感が長い年月を経て、じわりじわりと下がっていく様子が感じられて余計なお世話ですが、はたから見ていてなんだかな、、と心が波立つような感覚に襲われたことを思い出します。
おそらくは一生懸命な子育てを理解して欲しいためにそのような行動に至っていると思うのですが、外部の他人に相談しても解決の糸口は結局は家庭の中にあることが殆どです。
お子さんは子供です。
子供らしくない方が良くないです。
出来ない事がたくさんある方が一緒に長くいられる時間も増えます。
出来ないことをゆったりとした気持ちで、出来ることに目を向けて一緒に解決していけば大丈夫です。

積極的に相談しましょうと言うけれど、、

とはいえ、積極的に相談をしていきましょう。
という手紙や意見がネットなどでも目立ちます。
どうしても、相談しないと解決出来ない時は先生やお友達のお母さんに相談する事もありです。ただ相談をする前に頭の中で、
この相談は本当に必要か?
これだけ少し時間をかけて考えてみてください。
子供の世界の中心は家の中、子供の全ての社会は学校です。
例えば、ご主人の会社に「うちの夫は実はこうで〜、、。」など言ったら出世に響いたり、家族もろとも豊かな未来を失いかけますよね。
ふーなみ
ふーなみ
あの、うちの旦那さまは家では、、、、
困った 旦那
旦那さま
気でも触れたか!
恐る子ども
それ言う必要あった?!
子供には収入がありませんが、子供が十代を過ごす地域での未来と保護者自身の未来もかかっているということを意識するだけでずいぶん人との関わりは変わってくると思います。
子供
お金は稼げないけど頑張って学校でいい子にするように過ごしているんだよ!
ふーなみ
ふーなみ
うん、いつも元気で居てくれてありがとう。今日もお疲れさまだね。

素晴らしい十代を、、、。

思えば、人生で最低最悪のあの事件がきっかけとなり私は用意周到に長女の優等生作戦を地味に地味に進めてきたのかもしれません。
子供のメンツを守ること、これは親以外の誰にも出来ないことだと私は思っています。
思えば私の十代に欲しかった親のサポートはこういう小さなことではなかったのではないだろうか?
よくこう思うのです。
私自身の十代はあまり良い思い出はありませんが、そのことによって娘の十代が子供らしく自然で豊かな毎日を過ごせているのだとしたらそれはもう本望です。
子育てに正解はありませんが、子供の世界に少しずつ愛だけを詰め込んでその背中を見送ってほしいと思います。
最後に、
先日娘が塾の国語の授業で感動的な文を持って帰って来てくれました。
「ゆうちゃんは、ママのお腹の中に居たんだよね?」
「うん」
「で?その前、どこにいたの?」
ここまで慎重を期しながらも、私は、彼の答えを期待していなかった。
引き出せるなんて、奇跡に近い。
しかし、彼は教えてくれたのだった。
「ママ、忘れちゃったの?」と、彼はいぶかしげな顔でトレーナーの中から出てきた。
「ゆうちゃん、木の上に咲いていたじゃない。で、ママと目があって〜、
それでもって、ここにきたんだよ」と言いながら。
まるで美しい詩のようだった。
涙が溢れて止まらなかった。
参照:母脳 母と子の脳科学 黒川伊保子
これは一部ですが、我が子に巡り会えた奇跡がこの短い文に目一杯詰まっているように感じて思わず全身に鳥肌が立ちました。
私と娘たちも、目が合い感動の出会いを果たした事があるのでしょうか。
それを忘れている私はなんとやるせない親なのか、、。
我が子の人生に幸あれ。
どうか、たくさんの子供たちにも、、。

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